3 Oct. 2010鴨川おこしやすマラソン Run:21km 


「あまり速く走らないでください」と注意書きに記載されている大会だけあって、スタート地点には速そうな人はいない。緊張感のカケラもない。
スタート30分前、スタート地点には誰もいない。
スタート10分前、ようやく選手が集まりはじめる。
スタート5分前、私もスタート地点に並ぶ。
スタート2分前、まだ選手は談笑中。だいたい、身体がスタートの方向に向いている人がいない。
スタート1分前、誰が先頭を走るねん?という空気。スタートを前に、みんな後ずさり。


スタート直後の写真。中央の青いウエア(ガンバのユニフォーム)が私。


以下、5km毎のラップ。



自転車が走っているところがマラソンコース。地面は土だというのが一目でおわかりいただけるでしょう。



11:00、スタート。いきなり4位くらい。私の目標は、今ある力を100%出し切ること。そして、「あまり速く走らないでください」という大会なので、優勝しないこと。以上の2つである。

初めて走るコースだが、ほとんどが土。舗装されているのは橋の下と渡る2つの橋くらい。後はほんどが土、砂、砂利。しかも、土の路面は波打っており、気を抜くと捻挫しかねない状態だった。石が敷き詰められた区間では、ソールの薄いレース用シューズでは足裏が痛む。また、道幅も狭い。人通り(マラソンに関係のない一般の人)も多い。「速く走らない」というより「速く走れない」コースだ。

最初は、一人が飛び出し、その後を追うグループの2番手を走った。つまり3位。1位を追う気もなければ、2位に上がる気もなし。ひたすら2位の選手に付いて走った。少し遅いと感じても前に出ることはなく、じっと我慢。
よって、ラップタイムは私が意図したものではなく、2番手の選手にペースを合わせた結果である。

最初の5kmは21:10で通過。まだまだ余裕はある感じ。
しかし、5kmを過ぎると4位についていた選手が2位に上がりスピードアップ。私の前の選手が付いていけそうにないので、私はここから付いて行く人を乗り換えることにした。左図にある通り、6kmから急激にペースが上がっているのがわかる。
とりあえずスピードアップに対応はできたが、余裕はなくなってきた。

このペースアップのせいで、7km過ぎには1位の選手を捕らえた。一緒に行きたかったが、あまりにペースが違った。仕方なく、抜き去り、私は望んでいない2位に上がることになった。

もし、この1位の選手が棄権でもしたら大変である。マイナーな大会とはいえ、ガンバ大阪のユニフォームを着た人がトップを走るという前代未聞の事態となるからだ。


心拍数が170近くとは思えない笑顔だ。

とにかくトップは走りたくない。「あまり速く走らないでください」という大会で、トップを走ることは何の自慢にもならない。大会的にも、地域的(ここは京都サンガの地元)にも、ガンバ大阪のユニフォームが先頭を走る状況は、あまり好ましくないのである。
だからと言って、わざと遅れるのは、今ある100%の力を出すという目標を放棄することになってしまう。
こうなったら1位の選手に頑張ってもらうしかない。
自分も余裕はないが、それより1位の選手が落ちていくことの方が心配だった。

しかし、12kmを越えたところで、絶対に避けたかったシーンが訪れる。なんと1位の選手がエイドステーションで、立ち止まったのだ。
押し出されるように私は、2010鴨川おこしやすマラソンのトップに立つはめになった。
そして、約3kmの間、私は動揺を隠せず、あやうい足取りで先頭を走り続けた。誰か、早く抜いてくれ!そう願いながら。

15km手前、疲れが出始めた。しかし、昨日バイクトレーニングしたことを後悔し始めたところで、タイミング良く2位の選手が前に出てくれた。と同時にペースが上がる。が、完全にバテかけていたにも関わらず、付いて行くのはトップを走るより断然楽。このペースアップにも対応することができた。19-20kmは3:59/kmまで上がったが、なんとか付いていくことができた。

20kmを過ぎるとペースダウン。最後の1kmは「あまり速く走らないでください」の決まりを守ることにした。3位に落ちたが、何の問題もなし。1時間28分07秒。「100%の力を出し切るという目標はクリアした」と言い切れる激走だった。それもこれも、私の前を走ってくれる選手がいたおかげだ。

それにしても、今日ほど、自分より他人を気づかいながら走ったことはない。いつもは「こいつ、バテたらええのに」とか、遅れ出すと「ざまぁみろ、無理するからや!」とか思ってしまう悪魔のような私だが、この日だけは、思いやりのある心やさしき天使のようだった。

1時間24分を切るには、まだまだスピードもスタミナも足りないが、今年最初のハーフマラソンとしては、まずまずの結果だった。