2つのどうやった?

マラソン大会に出場すると、いろんな人からその結果を聞かれる。
「○○○マラソン、どうやった(どうでしたか)?」と。
この問に、あなたがトライアスリートかランナーなら迷うことなく、こう答えるだろう。
「0時間00分00秒やった」と。
ある意味では正しい答えなのだが、ある意味では質問者の真意に沿っていない答えでもあるのだ。

先日、福知山マラソンに参加した。結果は2時間55分54秒。久しぶりにサブスリーを達成できた会心のレースだった。
ゴール後、トライアスリートのKさんと会った時、当然のように「どうやった?」と聞かれた。
もちろん私は「2時間55分54秒でした」と答えた。
「やりましたねー」という言葉が返って来る。
私も「どうでした?」と訪ねると、Kさんは「3時間7分やった」と答えた。

次の日、出勤すると多くの同僚から「どうやった?」という質問が飛んで来た。
もちろん私は「2時間55分54秒だった」と自信満々で答えた。
私は期待した。称賛の声を。
なんてったってサブスリーなのだから。

 



 

しかし、なぜか彼らは称賛するどころか、一様に怪訝(けげん)そうな顔をした。
そして、少し間をおいて、必ず続けて次の質問をして来るのだ。
「何位やった?」

そうなのだ。トライアスリートやランナーの評価基準はタイムで、一般の人の基準は順位なのである。つまり、トライアスリートやランナーの「どうやった?」は「タイムはどうでしたか?」という意味で、一般の人の「どうやった?」は「何位でしたか?」ということなのだ。
だから、トライアスリートやランナーの「どうやった?」にはタイムを、一般の人からの「どうやった?」には順位を答えなければならないのだ。

同僚の「(福知山マラソン)何位やった?」の問に対して「172位やった」と答えると、「なんや、そんなもんか」とでも言いたそうな顔をした。タイムで彼らを驚かせるには、日本記録を樹立する以外にないのかもしれない。